(1)渇水の経緯
・北九州市は、本市発足の昭和38年以降で昭和42年、53年、平成6年と3回の渇水に見舞われました。
・百年に1回と言われた平成6年の渇水では、1ヶ月の給水制限を余儀なくされ市民生活に大きな影響を及ぼしました。
(2)渇水と水源開発
・渇水に対応すべく本市は、昭和52年から20年間の歳月をかけて大分県を流れる山国川に水源を求め、耶馬渓導水事業に取り組み平成10年から1日あたり最大59,000立方メートルの取水が可能になりました。
・この水源開発により、平成6年規模の渇水にも十分対応できるようになりました。
(3)今後の対策
・本市の水源は東部に5箇所、西部に5箇所有しており、もしも雨量が少なくダム等の貯水量が減少した場合でも、東西連絡管の東西水融通システムで、相互に不足する給水を補い合うことで十分に渇水対応が可能であると考えています。